このことから、デカルトは次のような結論を引き出す。 それぞれにきちんと理由が示されており、いささか理想的すぎるという見方もありますが、悪くない考えだと思います。
2その理由は、「近代精神の確立を告げ、今日の学問の基本的な準拠枠をなす新しい哲学の根本原理と方法が、ここに示され」(5)ているからではない。 ということで、序説に続く論文自体は、所詮江戸時代の科学(数学、化学、物理学)なので、時代遅れ感が否めないものの、序説には、 ・みずからの理性を正しく導く方法 ・もろもろの学問において真理を探究するための方法 が書かれておりまして、これに関しては、現代の人間が読んでも、ためになることが書いてあるので、読み継がれ続けているのではないかと私は思いました。
12学業こそが人生に有益であると教えられたからです。 初めて読んだので、解説はできません。 まず、デカルトは神の存在を証明したと言っているが、デカルトは神の存在を証明したわけではない。
9この命題は、「考えるためには、存在しなければない」と一般化されます。 その 完全なものこそが神であるとデカルトは言ったのです。 デカルトの、理性を絶体的な存在とする考え方は、後にイマヌエル・カントが『純粋理性批判』で反論することになります。
18こちら、非常によくまとまっていると思いました。 そして、オランダで軍人としての訓練を受けたり、べークマンとの共同研究に没頭したのち、デカルトはオランダを離れドイツに向かいます。
7聞いたことあるよね。 フランスの数学者であるフランソワ・ビエトが、もともと子音を定数に、母音を未知数にあてたことを基礎にしています。
大学の勉強に満足できず、世界を旅しながら考え続け、その果てに思いついたことを記した文章が「方法序説」です。 個々の物事と一般的な法則との関係は、ものすごくたくさんの数の実験が必要となる。 分析の規則(「わたしが検討する難問の一つ一つを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること」)。
この章で、デカルトがテーマにしている「オレたちが認識していることは正しいのか?」を問い詰めていきます。